Bye-Bye Blues

アリザ ウオーウィ(フィリピン)
関空の灯りのきらめきに迎えられ飛行機から降り立ったのが昨日のことのようです。
日本での時間は飛ぶように過ぎていきました。あと何日かで避けられない現実に直面します。このすばらしい国で過ごしてきたぼくの時間は終わり、自分の国に帰るのです。
 いろいろな感情が押しよせてきます。ここにいたい、けど帰らなきゃという二つの気持ちの間で僕は揺れます。一番憂鬱になるのは時を刻むチクタクの音を聞くことです。あの音を聞いていると、まだまだ体験していないことがある、まだ行っていないところがある、もっといろんな人に会いたい、もっと深くこの国のことを知りたい、そして一番簡単で、一番好きだったことですが、気持ちいい外の空気を吸って美しい日本の風景のなかを自転車でもっともっと走りまわりたかったと、いろんな思いが沸き起こってきます。
二つのことを考えたりもします。一つめは、時計を巻き戻してもう一度やり直せないだろうか、二つめは僕の滞在期間の延長ができないだろうかということです。第一の方は、すごいタイムマシーンでも発明されない限り不可能なことですが、二番目は実現しようと思えばできるかもしれないし、神に祈ればかなえられるかもしれません。しかし、愛する家族のいる場所から離れるということはそれよりつらいことです。
僕の日本での一年半は実りの多い充実したものでした。この美しい国の人々や留学生と考えを共有し、共に過ごした生活の中での経験は何よりのものだったと思います。


2006.11.12 大学祭


見知らぬ国で、生きていく方法を学ぶには多くの努力が必要です。僕の場合、言葉が通じなかったり、日本の文化となじむことに、特に苦労しました。社会秩序の整った緊密につながった社会の中に外国人が融け込むのにはとても苦労しました。他の外国の人たちも感じているように、ことばや、迷惑、ごみだしのことや掃除などの問題で、時に疎外感を感じるときもありました。それらのことでうまくいかなくて悲しいと感じたこともありましたが、今となってはそれも懐かしくなりつつあります。  


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僕にとって、日本、とりわけ和歌山は第二の故郷となりました。苦労のあった僕にとって和歌山は包み込んでくれる優しいゆりかごのような存在となりました。人々は精一杯温かく迎え入れ、もてなし、必要なときは会いに来てくれました。和歌山が僕をやさしく受け入れてくれ、人生で大切なこと、また将来への次のステップで最も重要なことに教えてくれました。地球の端っこにあるけれども堂々としたこの国から学んだことは僕をより大きな人間に変えてくれました。
ここで、和歌山での僕の滞在中いろいろお世話になった方々に心から感謝の意を表したいと思います。中谷先生、萬賀さん、宮所さんご一家、松島おかあさん、ゆうこさんともう一人のゆうこさん、えいこさん、歯科医の川崎先生(人生で経験したなかで最も痛い経験の一つになりましたが)、岡さん,みきさん、谷口さん、こまむらさん、いちのさん、たくやさん、これらの皆さんやお名前をあげていないけれども親切にしていただいた多くの方々のことは僕の心の大切な場所にずっとあるでしょう。
‘さようなら’とはいいません。
‘また会う日まで!’

Posted in 2007年

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